鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

金の告白

 
いつもの昼休み、美帆と葉子と杏奈が机をくっつけてお弁当を食べている。
「やっぱさうちらも15にもなればあれよ、恋愛がしたいな。」と美帆が言い出す。話題の言い出しっぺは大抵美帆だ。
「恋愛なんてそんないいもんじゃないって」と杏奈が水を指す。
「彼氏持ちは黙ってて!ねぇ、葉子はどうよ。どうよーこ!」
美帆ったらギャグが雑ーと葉子が笑ってから
「私は恋愛することになる、かもしれない。」と不思議なことを言い出す。
 
 
 
 
「え、それどういうことよ」と美帆が身を乗り出す
「今朝がた男子生徒に話があるからウサギ小屋のところ来てって言われたのよ。」
「えっまじで言ってんの?!」と美帆が驚く。
「わーお葉子やるじゃん」と杏奈がにやける。
 
「でもわからないわよ。だって相手の方もよく知らない人だし‥。」
「でも名前くらいわかるっしょ。だれだれ、タメ?どこのクラス?」
「多分隣のクラスだけど後藤くんっていうの。二人はご存じ?」
うわーお嬢様ワード出ましたー!これ葉子語録に加えとくかんね!と美帆が笑いながらケータイを取り出す。
もーやめてよ!と葉子が笑う横で杏奈が「後藤‥知らないなー美帆は知ってる?」と話を進める。杏奈はこんな風に話を元の線路に戻すのがとても上手い。
 
 
 
「いやー私も知らないなー。おかしいな。うちの学年人数少ないし全員網羅してると思ったんだけどな。偽名なんじゃないの?」
「あんた告白すんのに偽名使ってどーすんのよ。」と杏奈が吹き出す。
「で、でも告白と決まったわけじゃないし‥」と葉子が慌てて言うと
「いやー間違いなく告白だね。賭けても良い。」と杏奈が自信ありげに断言する。
「それまじでやばいわね」と葉子がぎこちなく言ってみる。
へたくそめ、と美帆が笑う。
 
 
 
放課後。葉子がウサギ小屋に行ってみると後藤くんは既にそこにいて、兎に人参をやっていた。その横顔を改めて見ると、後藤くんは左耳がなかった。耳があるべき所は火傷のあとみたいに痛々しくひきつっていて、そのわりに色は他と変わらず綺麗な肌色でそれが不思議な雰囲気を出していた。まるで耳があるほうが特殊であるような、そういう欠落の仕方だった。
 
「あっあの」と葉子が話かける。心なしか耳の奥がどくどく鳴っている。私も緊張してるんだわ、と葉子は今さら思った。
 
「あっ葉子さんごめん呼び出したりなんかして」後藤くんはあからさまに緊張して顔を真っ赤に染めている。間違いなく告白だね、という杏奈の言葉がよみがえる。間違いなさそうね、と葉子は思った。
 
「そのあの、話っていうのはその‥もしよかったら、お、お、おれと付き合ってくれない?!その、好きなんで」と後藤くんがいきなり切り出す。
葉子も葉子で大変に緊張して、口の中がぱさぱさに乾燥してくる。
 
「その、お、お気持ちは嬉しいのですが、私はあなたとほとんど初対面ですし、よく知らない人とお付き合いするのはちょっと気が引けると言いますか‥」だめだめ、そんなお嬢様言葉じゃJKになれないよ!と言う美帆の言葉が聞こえてくる気がした。
 
「で、でもクラスも違うし話かける機会もないし、ぶっつけで行くしかないっていうか……でもそっか、それは俺の都合だしいきなりは確かに困るよな‥でもでもあのっ告白しないでいるの辛くて‥勢いでコクっちゃったっていうか」
 
葉子はふと美帆が最初に話しかけてくれた日のことを思い出した。美帆もあのとき緊張したりしたのだろうか。そんなわけないか、美帆のことだし。それより今は告白されてるんだから、相手と向き合わなくちゃ失礼だわ。
 
後藤くんは緊張がピークに達しているのか喋り続けている。
「お、おれに耳がないっていうのがあれなんだったらそれはもうまじでしょうがないっていうか、申し訳ないっていうか改善しようがないけど!でも本当に葉子さんのことがその‥」
 
「ちょっとまって、耳のことは関係ないじゃない。」葉子はとっさに言う。
「でもあれだろ、その、デートとかするとしたら‥目立つだろうし‥」
 
後藤くんはひょっとしたら耳のせいで馬鹿にされたり振られたりしたことがあるのかもしれない。でもコンプレックスを振りかざすのは葉子の正義に合致しなかった。
 
「私だって名字がないけど、別に平気だわ」
「名字はだって見えないじゃないか!それはまた別の話だろ」
「誰だって自分に足りないものを横目に生きてるわよ!あなたはたまたまそれが表に出てるだけで、急に自分だけが劣ってるような言い方、おかしいわ!」
「耳があればそんなことおれにだって言えるよ!知った風なこと言うなよ!」
 
 
二人の言い合いのなか、校舎の影から美帆と杏奈が見守っている。
「おいおい、なんで言い合いしてんのさ」と美帆があきれる。
「葉子があんなにまくたててるの初めてみるかも。結構怖いな。」と杏奈がつぶやく。
 
 
「耳がないのが、そんなに偉いのかしら!」
葉子が目をするどくして言い放つ。
 
 
論破してどーすんの‥と美帆が額に手をあてる。「杏奈いこ。」
二人の言い合いはまだまだ続きそうだったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
翌日の昼休み。机をくっつけて三人でそれぞれの弁当をつつく。
「はい、で、どーだったのよ。まーさか相手があのゴッホだったとはね。」と美帆。
ゴッホ?後藤くんのことかしら?」と葉子
「そ、片方耳がないからゴッホ。あ!これあたしが言ってるわけじゃなくてあいつ小学校の頃からゴッホで通ってるからね!」と美帆。
「葉子さー告白してるのに論破しちゃあかんでしょ。」と杏奈が話を切り出す。
「そうそう。私たちびっくりしたよーこ」と美帆が笑い
「かわいそうだよーこ」と杏奈が乗っかる。
 
「まさか二人見てたのー?!」葉子が大きな目をさらに見開く。
 
葉子がため息をついてから「とりあえずお友だちから始めることにしました‥。」と言う。
「えっあの流れからどうしてそうなる?!」と言って美帆が思わず箸を落とす。
「結婚を前提にお付き合い的なやつだね」と杏奈が感心する。
「なんかね、ここまでズバズバ言われたのは初めてだ。余計好きになったかもしれないーですって。」葉子はこれ以上は恥ずかしくて話したくないのか食事に取りかかる。
 
葉子は品の良いところの生まれなので一度食事を始めるとほとんど会話に入ってこないのだ。
 
「やばいなー先越されるかもな葉子に」と美帆がこぼす。
「先越されるってなんのこと?」葉子が尋ねる。
「いやいや、こっちの話」と杏奈が涼しく受け流す。
「それマジで言ってんの?」
 
葉子あんたそれ使いかた下手すぎ‥と二人が笑った。
 
 
 
 
 
 
葉子を知らない人はこっち
 


金のおりがみ - 襟を立てた少年

 
ゴッホ(後藤太一)を知らない人はこっち
 


ゴッホの耳 - 襟を立てた少年

 

 

 

美帆を知らない人はこっち

 

 


金のプリクラ - 襟を立てた少年

 

 

 

杏奈を知らない人はこっち

 

 


アンナ - 襟を立てた少年