ゴッホの向日葵
↑こちらの続きです。
学校の昼休み。
片耳の青年ゴッホとその友人テツがいつものように机を向かい合わせて弁当をつついている。
やや小柄なゴッホに比べてテツは体が大きい。毎日のラグビー部の練習にあけくれているお陰で顔は黒々と日焼けして、髪はたわしのように短くごわごわしている。弁当はゴッホの二倍はある大きさで、ステンレス製の二段弁当は一階米!二階肉!というように大胆に分けられている。それをむしゃむしゃ食べる。テツは熊みたいだとゴッホはよく思ったが、端から見ればゴッホとテツが向かい合わせで昼食を取っている構図は熊と柴犬が揃っているみたいで滑稽だった。
「それにしてもゴッホがまさか本当にあの葉子さんに告白するとはな。」とテツが切り出した。切り出しつつも米を頬張る箸は止まらない。
「それにしてもって‥お前がけしかけたんだろうが!うじうじしてないでやれるだけやってみろって。」
「そうだったけなぁ。いや、それにたいしてお前がな、ちゃーんと勇気だして動いたことに感動してるんだよ、おれは。で、結果はどうだった?」
「え?肝心なところがきこえない。」
「ばか言え、きこえてるからそこが肝心だってわかるんだろうが。いいから、結果はどうだったんだっつうの。」
ゴッホは面倒くさそうにかくかく然々を話す。うさぎ小屋の近くに呼び出したこと、告白はちゃんとできたけどそのあとテンパって言い争いに発展したこと。結局友達から始めることになったこと。
「そういうわけで断られたけどスタート地点には立てた‥みたいな感じになるのかな。緊張しててあんまり覚えてないけど。」ゴッホが弁当を食べ終わる。テツはとっくに弁当を食べ終えていて、これから食後のみかんに取りかかろうとしていた。ちなみに、テツはみかんをむくのが破滅的に下手くそで、むいてもむいても細かい破片がちっこく剥がれていくのだ。テツは昔から力加減が必要なことがすごく苦手なのだ。
それでもむき終わればみかんを食べられるので、テツはいつも楽しそうにみかんをむいている。楽しそうなのでゴッホは余計なことはなにも言わない。
ゴッホだって次はデートに誘わないことには前に進めないことがわかっていた。となりのクラスの女の子を学校の中だけで振り向かせるような技術をゴッホは持っていなかった。そもそも、ゴッホが女の子を振り向かせたことなんてこれまでで一度もないのだ。
この耳のせいで…と思った拍子にふと、葉子の「耳がないのが、そんなに偉いのかしら!」という鋭い一言がフラッシュバックした。
「あんなこと言われたのは初めてだな」とゴッホがつぶやくと
「え、なにが?」とテツがみかんと格闘しながら尋ねる。
おまえまだみかんむいてたのかよ!おっせえ!とゴッホが吹き出してうやむやにする。あのときの会話は、あのときあの場にいた二人だけのものなんだーとゴッホが胸のなかで思う。実際には告白の舞台には観客がいたことなど知るよしもない。
ゴッホにとって中学2年目の夏がやってこようとしていた。
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