鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

初めてのバーの入り方

 

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初めてバーに入ったのは大学二年生のときだった。

高校生の時は「カフェで喋る学生」っていうのに憧れて、ファーストフードに通う友人を尻目にカフェに通っては謎の自己実現を果たしていたことを考えると、そういうところは少しも進歩していなかったことになる。

 

バーへの憧れは強かった。当時の愛読書「ノルウェイの森」でも大学二年生の主人公はよく女の子を連れてバーに行っていた(今考えれば相当キザな大学生だ)

「私もいろんな経験してきたけどサー」なんて言いながらタバコをふかす赤い口紅の女の愚痴を話半分に聞きながらウイスキーの氷を指でまわす...までではないにせよ、そういう世界に憧れを持っていたのは理解してほしい。

 

「スクリューバー」

 

という名前のバーが大学の最寄駅すぐ近くにあって(ファミマの前にある)、大学1年生の頃から「いつかはあそこを行きつけのバーにっ...!」などと勝手に決め込んでいたけれど、勇気のないまま2年生に突入してしまった。

 

 

ところで大学2年生のときに僕には彼女ができて、薔薇色の大学生活を謳歌していたわけだけど、彼女は僕と違う大学に通っているにもかかわらずたまたま僕の大学の近くに一人暮らししていたのだ。

つまり、僕の大学からバス5分で彼女の家、彼女の家からバーまでが1分、バーから駅までが1分、という距離感だった。もうちょっと端的に言えば僕の世界はそこに固まっていたのだ。大学の課題が忙しく、また実家暮らしだった僕はあっという間に彼女の家に入り浸りになった。だめ大学生の出来上がり。

それから暫くたって、彼女とたまに喧嘩をするようになった(というか一方的に怒らせた)のだけれど、ここから話は本題に戻る。

 

 

いつものように「かってにしやがれ」よろしく家を飛び出して、帰るところもなくさあどうしたものかと途方にくれたところに「スクリューバー」はあった。

 

「女と喧嘩して煙草を片手にウイスキーを飲むおれ」なんて考えながらバーのドアを押した。これが僕にとっての初めてのバー、だ。

 

バーは本当にバーだった。店内は穴倉とまでは言わないまでも細長く、ダーツバーが置いてあり、バーカウンターを隔てて襟元を開けた白いシャツのバーテンダー(29くらい)がグラスを磨いていて、馴染みの客みたいなのが談笑している。「そう求めていたのはこれ!」と思って嬉しくなる。

 

新入りを見る訝しげな視線を交わしながらカウンターにつく。ところが酒がわからない。バーテンダーの背後に大量のボトルがあるけれど、酒が詳しくない。もっと勉強してくるんだった。サークルの飲み会でもビールか、カクテルかしかわからない。でも、バーにきてそんなもの頼むなんて嫌だ。映画館でカフェオレを飲むようなものだ。映画ではコーラを飲むと僕は決めているのだ。

 

僕は精一杯記憶を掘り起こし、映画に出てきた「ジャック・ダニエル」をロックで頼んだ。舐めるようにちょっとだけ口をつける。とても辛い。でも雰囲気を楽しみにきたから良いのだ。当時新登場して大流行したアイスブラストに火をつける。これで最後はバーテンダーに「また女かよ」みたいなことを言われれば完璧だったけれど初めてきてそんなことは当然起きない。物事には順序がある。お湯を沸かすから風呂に入れるし、体を鍛えるから筋肉がつく。湯船に入ったからといってお湯が湧き出るわけではない。

 

それで「なんか突然入ってきてロックをやけに時間をかけて飲むやけに若いやつ」は満足げにバーを後にした。こんなかんじ。

 

それから一年通じて僕はちょこちょこバーに通った。馴染みの客もわかってきて、向こうも僕の名前を覚えた。サッカーの試合があったときはゴールが入るたびにみんなでショット一気飲みをしたり(お代は無料だった)、美大卒の常連の女性とウイスキーボトルのデッサン対決をしたり、そうして僕は少しずつ常連になった。

 

僕がバーにくるときは大抵彼女と喧嘩したときだったので、店に入るとバーテンダーは「あ、鈴木くんまた喧嘩でもしたの?」と挨拶代わりに聴いてきた。

酒と仲間たち。僕は大満足だった。

 

 

バー通いはだらだらと、彼女と別れるまで続いた。別れてからは一度も行ってない。

あれから3年がたったけれど、今になって思うのは、店に入って「また喧嘩したの?」っていつもみたいに聞かれたら悲しい気持ちになるのがわかってたからだろうな。