「あの頃の自分は馬鹿だった」のだろうか?
「あの頃の自分は本当に馬鹿だった」と悔やみ、反省することはあるだろうか。
過去の失敗や怠惰を、今になって嘆く。あるいは、「あのときは馬鹿で何も知らなかったから」「だらしないだけだったよ。」と嘲笑する。
しかし、その、昔の自分は本当に馬鹿で無知で怠惰な人間だったのだろうか。もしそうなのだとしたら、今のあなたはその過去の積み重ねの上に生きているのに他ならない。現在の自分をも馬鹿にすることになってしまう。
「違うもん昔は馬鹿だったけど、今は色々あって賢くなったんだもん」と仰るかもしれない。でも待ってほしい。
過去の自分は本当にそんなに無能だったのだろうか?
これは、「学生時代は良かった」とか「高校生時代は本当に楽だった」というのに良く似ている。
過去の自分は自分なりに精一杯生きていたのではないのか?
色々悩んだり足掻いたりしながら頑張っていたのではないだろうか?
今現在の自分は、もちろん過去の自分に比べて年をとっているし、頭も少しだけいいだろうから、過去の自分と戦えば必ず勝てるのである。未来にいるのだから勝てるのは当たり前なのに「過去の自分は馬鹿だった」と繰り返すのはやっぱりおかしい。
過去の自分のおかげで今があるわけで、
村人が先祖を敬うように自分も過去の自分に感謝して生きていったほうがいいのではないか。
今日の自分も、明日になってしまえば「昔の自分」である。プライドを持って生きていきたい!