襟を立てた桃太郎③
桃太郎は鬼が島を目指した。
人の生活を無茶苦茶にする鬼の話を思い出すだけで桃太郎は腹が立った。
ぷんすかぷんすか。連中を絶対に許さないと桃太郎は心に決めた。
☆
ここで時を少し遡る。婆が桃を拾う前のお話。
鬼たちは鬼が島で平和に生活していた。人を襲うことなどなかったが、見た目が恐ろしいこともあって誰も鬼が島には近寄らなかったし、あることないこと、鬼は酷い奴らだと噂ばかりが立った。欲張りな人間に恐れられ、土地を狙われ、攻撃されたことも一度や二度ではない。
あるとき人間たちは今までとは比べ物にならないほどの人数の兵隊を派遣で募って鬼が島を襲った。人間たちは派遣社員だったが仕事なので一生懸命働いた。全ての鬼は無惨に殺され、あるいは残りは生け捕りにされて連れて行かれた。
ある鬼の母親は生まれたばかりの我が子を人間そっくりの姿に変身させ、桃に封じ込めてこっそり川に流した。川は既に鬼たちの血で真っ赤に染まっていた。鬼の母親はそのあと兵隊に見つかり、なぶり殺された。鬼が島は事実上壊滅し、最後に火が放たれ、焼け野原となった。何も残らなかった。
☆
桃太郎は子分を連れて鬼が島へと到着した。
強固な門、大量の鬼の見張り、強制労働させられる人間たちの苦痛の叫びが聞こえてくる、はずだった。しかし実際に桃太郎の目の前に広がっていたのは広い、広過ぎるタンポポ畑だった。異様なほどに何もなかった。門も塀も、人間も、鬼もなかった。
桃太郎にはそれが何を意味するのか知る術もない。
その場に立ち尽くした桃太郎の体からふと光がこぼれ始め、やがて光がゆっくりと桃太郎を包んだ。魔法が解けたのだ。ほどなくしてその場に立ち尽くしていたのは、
若い鬼だった。
鬼はどこか懐かしい匂いのするタンポポ畑でひとりぼっちだった。初めて来たはずの場所で、郷愁すら感じた。鬼はなぜか、ひたすらに寂しかった。
鬼は復讐を知らなかった。婆と翁に会いたかった。鬼になった今、帰る場所もなかった。