鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

物語

金の月

旅行代理店に勤める哲也は思いの外早く仕事が片付いてしまい、かといって帰りに寄るところもなくて結局真っ直ぐ家に帰った。10月の涼しい夜だった。高校を卒業してそのまま就職してから4年が経つ。なんとなく家探しも面倒で実家で暮らしている。 家の中は…

キンモクセイ~Prezoea~

佐藤匠は大事を取って学校を早退した。10月のはじめのことだ。 長いこと病院で昏睡状態だった祖父が意識を取り戻したという電話が母から学校に届いたのだ。ガチャガチャと黒いランドセルを鳴らして匠は駅への道を走った。早く病院へ行かなくちゃ!父と母…

ゴッホの耳

後藤太一は生まれつきの障害で片耳がなく、その耳は最初から耳としての機能を完全に放棄していた。耳があるべきだった部分はやけどの跡のように少し変色し、皮膚がひきつったりよれたりしていて、要するにそれは痛々しく見えた。 とはいえ、世間が障碍者に期…

アンナ

大人になってみると、親友という言葉の安っぽさに気恥ずかしさを覚える。 ちょうど、子供の頃夢中で集めていたおまけのプラスチックの指輪みたいに、昔はあんなに輝いていたのに、今はその軽さに驚き、呆れる。それも可愛らしく思えるほどに。 親友でないく…

金のプリクラ

「いじめではないっぽい」と中学生になった美帆は思った。 中学の入学式もとっくに終わって、友達のグループなんかもぼんやりと出来てきた6月。 美帆はなんとか持ち前の明るさを活かして仲の良い友達を見つけて、一緒に渋谷に行ったり、図書室で勉強したり…

金のおりがみ

葉子は皇族の血筋ということで小学校に入った時分から教師からも級友からも一目置かれて育った。葉子は周りの級友とは違って下品なことを言わなかったし、いたずらもしなかった。そういう皇族としての気品やマナーが備わっていたのだ。 そういうわけで、葉子…

蟹の娘

蟹と呼ばれた車掌の話 - 襟を立てた少年 蟹と呼ばれた車掌の話 - 襟を立てた少年 蟹と呼ばれた車掌は「ドアが閉まります。駆け込み乗車は御辞めください。」というアナウンスの後にベルを鳴らした。若い女性が駆け込んでくる。ドアはまだ閉まらない—。 ...お…

替えのきく仕事

「お父さん!僕はもうこんな仕事まっぴらだよ!毎日同じことの繰り返しで、みんなあくせく働いているけど、考えてみればこんな仕事は僕じゃなくたって出来る!来月僕が辞めたとしても、また新しい奴が入って同じ仕事をするんだ。いくらでも替えのきく仕事な…

襟を立てた桃太郎③

襟を立てた桃太郎 - 襟を立てた少年 襟を立てた桃太郎 - 襟を立てた少年 襟を立てた桃太郎② - 襟を立てた少年 襟を立てた桃太郎② - 襟を立てた少年 桃太郎は鬼が島を目指した。 人の生活を無茶苦茶にする鬼の話を思い出すだけで桃太郎は腹が立った。 ぷんす…

あれのはなし

「おい、お前、あれはどうした。」と亭主が妻に尋ねる。 「あれって言ったってわかりゃしないわ。何のことよ?」 「おい、お前ならわかるだろう。あれだよ。」 「ああ、いやだわあなた。もう使うこともないだろうからって前に捨てたじゃありませんか。」 「…

伏線のはなし

「あンときおめぇがおいらが手先が器用だなんて褒めなかったらな、大工になんてなってねぇよ」と与六が苦笑いすると 「おいおい、人生ってのは伏線だらけだなぁ」と又兵衛は膝を叩いて笑った。

女上司のはなし

「すみませんでは済みませんよ」と職場のクールな女上司がたしなめて、後悔したように俯いて頬を少し赤らめた。

レッドヘリングのはなし

○○○ 「今時あんな若者は珍しいよ。」 と父は嬉しそうに言った。なんでも、会社に入った新入社員の男の子が礼儀正しくて仕事もてきぱきこなすのだそうだ。「お前も、ああいうのと付き合えばいいんだよな。」うんうん、と父は勝手に納得している。「わたしに…

老人と駅員のはなし

国鉄の改札横窓口で、もうかれこれ10分は押し問答をしている老人と駅員がいた。 老人も駅員も困り果てた顔をしており、端から見ると老人が駅員を困らせているようにも見えたし、駅員が老人に意地悪をしているようにも見えた。要するに本当のことは当人にし…

少年の選択肢のはなし

ある日少年が集めたおはじきで遊んでいると、その父親が「そんなことをしている暇があったら英単語のひとつでも覚えなさい」とたしなめた。 少年はおはじき遊びを辞めて机に向かい、ノートに"collect"と三回書いてそれを覚えた。 ある日少年がテレビゲームで…