鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

大塚

 今日はついてなかったのね。

だからその時の話を聞いてほしいんだけど。

 

 PDFデータを印刷しようと思ってセブンイレブンに入った。こういうときプリンター持っていないと不便だよな。別に会社でこっそり印刷してもいいんだけど、そういう時に限って紙詰まりを起こしたり、先輩の印刷タイミングと被ったりしてヤバいことになるから最初からやらないことにしている。

 だいたい昔から間が悪いっていうか、「よりによってここで起こるのかよ」という事態に遭遇することが結構ある。その確率は誰でも等しく同じはずなんだけど、僕はそういう事態が起こった時に人より強烈に「えー」と思うので、より鮮明に覚えているんだろうな。

 

 それで、とにかくセブンイレブンに入った。ついでに持ってきた空き缶を捨てる。レジの方から「いらっしゃいませー」という声が聞こえる。こういう時のいらっしゃいませは歓迎というよりは「お前が入店しているのは把握しているからな」という牽制のように感じることがある。たぶんそういう意味合いもあるんだろうな。万引き防止とかで。で、入店してすぐ左折するとATMと並んで複合機がある。複合機の前に立ってスマホを取り出して、セブンイレブンでPDFを印刷するためのアプリを起動する。便利な世の中になったと思う。

 するとスマホ画面上にアラートが出て「新しいアプリにサービスが移行したためそちらをご利用ください」とのこと。仕方がなくそちらをインストールし直して、アプリでスマホ内のPDFを呼び出す。そうしたら今度は「サイズが大きすぎます。10MB以下にしてください」ときたもんだ。恐れ入った。

 

 そうだよな、限界があるよなって思ったの。それで、スマホでPDFを圧縮してくれるフリーのサイトを見つけて、そこでPDFを圧縮した。ここまでスマホで出来ちゃうんだったら本当にパソコン要らないよな。途端に、自分が普段パソコンに向かって仕事をしているフリをしているような嫌な気持ちになる。自分が日々パソコンでカタカタやっている行為は本当に意義があるんだろうか?とか。

 圧縮したPDFをダウンロードして、複合機の方を操作してPDFを送信する。あとはね、ほら、プリントするだけだ。簡単だよね。お金を入れる。白黒コピー20円で、それを12枚印刷するから240円だった。小銭がないからお札を入れようとする。そうしたら今度はお札の投入口がない。もう今日は本当についてない、帰ってしまおうかと思う。

 でも帰ってしまったらまたやり直しになるし、それで後日会社で刷っちまえって思って刷ったところで先輩と印刷タイミングがバッティングして、「鈴木くん仕事中に何してるの?」みたいな感じになったら最悪じゃん。そのとき絶対僕は思うのよ。「あの時我慢してコンビニで印刷すればよかったのに」ってさ。

 

 せっかちな自分としては奇跡みたいな我慢強さで僕はレジに行き、両替を求める。店員は「大塚」という名前だった。ネームプレートにそう書いてある。眼鏡と髭のおじさんで、細身だからちょっとアジカンのボーカルに似ている。最近は外国人の店員も全然珍しくないから、店員のネームプレートを確認するライフワークがある僕としては「大塚」という苗字に若干の物足りなさがある。これは本当にあった話だけど、インド人で「チョウダリー」っていう苗字の人がいた時はびっくりしたんだぜ。

 

 とにかく大塚のおかげで1000円札が500円玉1枚と100円玉5枚になった。100円玉を1枚ずつ入れるのが面倒臭くて500円玉を投入する。(結局お釣りが余計に出てくるんだから面倒臭がらずに100円玉を入れればいいのに)ようやくここまできたか、長かったぜ...と思いながら印刷ボタンを押す。画面が印刷中モードに切り替わって、子供騙しみたいな間違い探し画面が表示される。5秒くらいで次の問題が出るようになっている。それをぼんやり眺めていると急に「ピピピ」という警告音がなる。嫌な予感が頭をよぎる。画面上に「A4の用紙が切れました。係員をお呼びください」という赤い文字が表示される。僕はうなだれる。泣きっ面に蜂のところに夕立が降ってきて、おまけに靴下が破けたみたいな具合だった。

 もう無理だ、やめよう、今日はダメだったんだ。神懸かっている何かが、今日は印刷するなって言ってるんだろう。僕はよくやったし、自分の能力の範疇のことは我慢してこなしてきたじゃないか。これはさすがに僕のせいじゃないし、また日を改めても誰も僕のことを責めたりはしないー。

 

本気で諦めようかと思った。でも今度は段々と腹が立ってきて、それはセブンイレブンに対してでも店員に対してもでもなく、まして複合機に対してでもなく、この状況そのものに対して腹が立ってきた。ふざけるなよ。こうなったら意地でも印刷してやる。このあとこのコンビニが火事で燃え始めても、絶対印刷してやる......。

 

 僕はまたレジに行き、大塚に「複合機の用紙が切れてしまったようなのでA4用紙の補給をお願いします」と言った。大塚はちょっと申し訳なさそうに「すみません、少々お待ちくださいませ」と言って、奥の事務所みたいなところに引っ込んでしまった。僕は暇を持て余して、店内と複合機を交互に見た。複合機は幸い他の客が使いたがっている感じではなかった。特にやることもなく、近くにあったウェブマネーコーナーに目をやる。iTunesカードとか、ニンテンドープリペイドカードみたいなやつだ。その上に手書きのポップがあって「ウェブマネーを悪用した詐欺が流行っています。SNSやショートメッセージでウェブマネーの番号を求められても絶対に応じないでください」と書いてあった。

 

 ほどなくして大塚が出てくる。大塚......余計な仕事増やしてゴメンね、という気分になる。でもさでもさ、用紙が切れてから補給する仕組みだったら毎回こうやってお客さん待たせちゃうじゃん。それだったら用紙が切れようが切れまいが、週に1回は紙を補給するようなルールを作れば、僕みたいなギセイシャが出なくて済むんじゃないの?というアイデアが浮かんで、馬鹿馬鹿しくなって打ち消した。彼らはより良いコンビニを実現するために働いているわけではないのだ。時間内に、なるべく苦痛を少なく、楽に仕事を終えて報酬を得るのが彼らの理想であって、それ以上はないのだから。

 

 大塚は複合機の前にしゃがみ込んで用紙補給のためのトレイをガラッと開ける。でも今開けたトレーはB4だから紙はきちんと入っていて、大塚は「あれ〜おかしいな〜」みたいな仕草をする。ちょっとぉ〜。僕は急激に惨めな気持ちになる。それから大塚はB4トレイを閉めて無事A4用紙トレイを発見し、紙を補充してくれた。すると複合機が活気を取り戻し、画面も印刷中の子供騙しまちがいさがしに切り替わった。大塚はホッとしたような表情で「こちらで、あの、お待たせしました」と言って軽く会釈し、選手交代でフィールド入りする控え選手みたいな小走りでレジ側に吸い込まれていった。

 

 無事印刷が終わる。釣り銭受けから260円を受け取る。忘れずに印刷物をリュックに入れて、セブンイレブンから出た。すごいカロリー消費だった。疲れた。今日いちばん頑張った。今日はビールを飲もう。500mlの短いやつじゃなくて、ちゃんとロングなやつ。それを、残りの量を気にせずにぐびぐびっと飲むのだ。それが例え月曜日の夕方だったとしてもだ。

 

 

おしまい