今更CDをわざわざ買う意味
について考える。
確かに聴きたい音楽ならyoutubeで聴けばいいし、iPodに入れたければTSUTAYAやゲオに行って借りてくれば200円やそこらで済むだろう。最新のCDであればiTunesのような音楽配信サービスを利用して、欲しい音楽だけを購入すれば安く済む。
アルバムがだいたい3000円だとして、本当にそれって買う必要ってあるのか?
その中で聴きたい曲が3曲なら、一曲250円だとして750円で済む。アルバムの置き場所にも困らないし、円盤をCDに入れてインポートする必要もない。ポチれば済む話で、安いし楽ちんだ。じゃあCDってなんでわざわざ売ってるんだ....?
勘違いしてほしくないのは、僕は「CDを買う意味は大いにある」という立場の人間だということだ。例えばここにスガシカオのファンを自称する人間がいるとする。
ファンを自称するっていうのは諸刃の剣というか、恐ろしいもので、万一話し相手もファンだった場合、そして自分がそうでもなかった場合、すごい恐縮を買う危険性があるということだ。
「私スガシカオのファンで~もうめっちゃ好きなんですよ~!テレビでよく流れてる"progress"でハマってからyoutubeでずっときいてて~CDもアルバム全部レンタルしてガンガン聴いてるんですよね~」
ここで僕は違和感を覚える。CD買ってないの?なんで?
好きなんでしょ?ファンなんでしょ?応援してるんでしょ?でもyoutubeとレンタルで安くすまして、でもそれってスガシカオに1円も入ってないよね?
それってスガシカオのファン自称しちゃってもいいの....?
僕の親しい友人にポルノグラフィティを溺愛している方がいるけれど、彼女はツアーライブが始まった際、あらゆるところに旅行しながらそのツアーを追いかけていった。まるでモンゴルの狩猟民族みたいに。
そして今日僕の誕生日プレゼントとして「幸せについて本気出して考えてみた」のシングルCDが郵送で届いたのである。すごいとしか言いようがない。
そして、ポルノのファンでもない僕は、そのCDを貰ってとてもうれしかったのである。この気持ちはとても説明しづらいけれど、CDをプレゼントするということは、音楽を相手に渡すということで、それは古来から続くとても素敵なことなんだと思う。これを原始的な行為に結びつけれみれば、鳥がさえずって仲間を呼んでいるようなものだ。それを受け取って、僕はやけにうれしかった。これがUSBに入ったMP3データだったらここまで喜ばなかっただろう。
CDを買うということは、アーティストにお金を支払うということであり、応援していることの意思表示でもある。音楽を聴いているときも「自分はちゃんとCDを買った」という満足感があるし、そのアーティストが活躍しているのを目にしても「彼の活躍に自分も0.0001%は貢献してるんだ!」と思うことができる。そして、それは事実なのだ。
まぁもちろんCDをきちんと買う良さは買っている人にしかわからないので、「わざわざ買う必要ない」と思っている人に対してこの考えを説いてもあんまり意味ないのだけれど、こういうことを考えながら僕はCDを買うようにしている。
ちなみに最近はBUMPOFCHICKENの「RAY」と大橋トリオの「大橋トリオ」ベストアルバムを買いました。