鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

空気中テクノロジ 2

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(前回までのあらすじ)

 

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 意を決して建物に入ると、向かって正面に受付があった。

受付では受付嬢の女性がパソコンを操作していた。僕が来たのを見て会釈してくれる。

「こんにちは」と僕がいうと受付嬢もこんにちは、と言う。

 

ビジネスマンの挨拶は名刺から始まる。僕は昨日即席で作った名刺を胸ポケットから取り出す。折り紙を二つに切って、色がついていない白い方にマジックで

 

有限会社片思いサプライ

鈴木ユートピア

 

と書いてある。一生懸命丁寧に書いたのだけれどそれが裏目に出て、文字全体が右肩下がりになってしまっている。「片思」あたりで右肩下がりなのに気づいて「サ」から挽回しようとしたせいで余計に不揃いな見た目になってしまっている。しかも折り紙も白を使えばよかったのに、あんまり好きじゃないからってピンクを使ってしまったので折り紙から作ったのがバレバレだった。

 

それでも受付嬢は名刺を丁寧に受け取ってくれた。我ながらこれがきちんと名刺として認識してもらえたことに少なからず動揺する。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか」と受付嬢が訪ねる。当たり前だ。僕はほろ酔いの状態で突然乗り込んできたわけだから。

 

「アポがあります」と練習した通りに言ってみる。アポが何を意味する言葉なのかわからなかったけれど、受付嬢にあったらアポがあると言えば大抵問題が解決するとインターネット掲示板に書いてあったのだ。僕にはアポがある。と信じてみる。たぶん「(運を)持ってる」とか「大義は我にあり!」みたいなものだと思う。アポっていうのは、アポカリプスの例えかもしれない。

 

「失礼ですがアポはどのようなご用件でしょうか」と受付嬢が追撃してくる。受付嬢の表情はあくまで淡々としていて、まるでホログラムのAIみたいだった。彼女は僕を責めるでもなく怪しむでもなく、仕事だからやってるという感じだった。確かに怪しい輩を通してしまっては受付嬢も名が廃るのだろう。

 

アポがあると言えば通れると思っていた僕は次のセリフを用意していなくて焦る。おまけに僕は缶ビールを3本も立て続けに飲んでいて正常に頭が働かなかった。

「以前御社と取引させていただいたときに、弊社のフタコブラクダが大変お世話になりまして、その時のお礼を社長に直接と思いまして伺った次第です。」と口からでまかせを言う。御社との取引なんて存在しないし、弊社にはフタコブラクダはいなかった。そもそも僕は有限会社片思いサプライなんて会社には所属していないのだ。とにかく、社長にあえればあとはこっちのものだ。適当に脅して、島田くんの休日出勤を取りやめてもらえばいいわけだから。

 

それか受付嬢は少々お待ちください、と言ってから電話を取って短く話して、「それではそちらのエレベーターで5階までお願いします」と言った。第一関門を突破したわけだ。

 

 

(つづく)

 

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