鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

空気中テクノロジ 4

f:id:suzukiyutopia:20210607104024j:plain

 

 

 

suzukiyutopia.hatenablog.com

 

高岡が僕に毒を盛ったことが露呈し、おまけにそれが効かなかったことで我々の間の空気的に僕が優勢って感じになった。僕は高岡に、島田くんの労働が長引いて休日出勤が常態化して困ること、彼の休日出勤を撤回してもらいたいことを伝えた。

「要求を飲んでいただけなかった場合」と言って僕は一拍あける。

「御社の地下に仕掛けた爆弾を爆発させます」

「このビルに地下はありません」と高岡が即座に返す。テニスのノーバン返球みたいな返しだった。びっくりした。二人の間に静寂が横たわった。卒業式の日の理科室みたいな静寂だった。体育館から卒業生がわらわらと出てくる。卒業生たちは理科室のことなんか思い出しもしないのだ。「この後カラオケ行く?」「ねえ、女子がみんなで写真撮ろうって」理科室に春の日差しが入り込んでいく。忘れ去られても理科室はそこにある。薬品の匂いが染み付いた黒いテーブルや、使い込まれた木製の椅子は太陽光線を緩やかに反射して鈍く光っている。

「あれ、お前東京の大学行くんだっけ」「たまには帰ってこいよ」「それよりさ」

「このビル、地下ないらしいぜ」

 

ふと我にかえると目の前に高岡が座っている。地下がないとは思わなかった。計算外だった。一気に形勢が逆転してしまった。僕は必死に次の一手を考える。

 

「いいでしょう」と高岡が沈黙を破る。体育館が爆発して、ぎゃーとか、うわーと言う声が聞こえてくる。卒業生は全員爆死してしまった。

 

「島田くんの日曜日の出勤は全面的に撤回します」と高岡が宣言する。ちょっと得意げなコミカルな言い方だった。レオナルド・ディカプリオの演技みたいな鼻につく演技だった。だいたい、会社の社長が「いいでしょう、あなたの言い分を飲みましょう」と言った場合、次の台詞は100%決まっているのだ。「ただし」。

 

「ただし」高岡が続ける。

「鈴木さん、今からあなたに弊社の抱える問題を4つ、解決してもらう。それができたら島田くんの日曜日出勤を取りやめることにしましょう。いかがですか」

 

僕は思わず上の方の中空を見つめて息を吐いた。思ったより面倒なことになった。そもそもどうして僕は島田くんの問題に足を突っ込んでしまったんだろう。いや、足を突っ込むのは良いにしても、いち企業に立ち向かうのに缶ビール3本は飲み過ぎだった。もう十分頑張ったと思うし、帰りたかったが、僕は交渉のテーブルについていて、高岡から条件を出させるところまで健闘していた。途中下車は昔から性に合わないのだ。

 

「わかりました」僕は高岡の目をまっすぐ見つめて言った。「やりましょう」

 

 

(つづく)