空気中テクノロジ 1
来週からもう来れないと思う、と常連の島田くんが突然言い出した。思えばこの一言が全ての始まりだった。毎週日曜日に区民館で開催されている有志による社会人ボードゲーム同好会の帰りだった。6月特有の、湿度を伴った夜風が頬を撫でていって、もうすぐ梅雨だな、と思った。
話を聞けば島田くんの会社はブラック企業で、今までも全然休みが取れなかったのだけれど、とうとう休日の日曜日も出勤しないと仕事が間に合わないのだそうだ。
帰り道が一緒だった山本さんが「それは残念ですね」と残念そうに言った。実際問題、島田くんが抜けてしまったら同好会のメンバーが3人になってしまうので、4人のゲームができなくなってしまうのだ。山本さんが無難なことを言ってしまったので、僕は同じことを言うわけにもいかなくなって、もっと気のきいたことを言わなくちゃいけないと焦って、つい「僕がなんとかします」と言ってしまった。
島田くんも山本さんも不意をつかれた表情で僕の方を振り返った。
「それは......それは例えばどうやって?」
「僕がお酒を飲んで」と言ってから意を決して僕は言った。
「君の会社に伺います」
*
それで本当に翌日島田くんの会社を訪ねることになった。会社は三軒茶屋駅から徒歩5分のところにあった。「無茶苦茶な会社ですから、無理だけはしないでください」と島田くんは不安そうに言ったのを思い出す。会社は5階建てのビルだった。全てのフロアが会社の持ち物らしい。会社のプレートには「空気中テクノロジ」と書いてあった。僕はその段階ですでに500mlの缶ビールを3本飲んでいたので若干ふらつきながら会社に入っていった。
(つづく)