鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

春の雨とクロスワードパズル

 

春の雨が降り注いでいる。

春の雨って好きだ。好きでいたいと思う。細くて温かい透明の針が街の輪郭をやさしく溶かしていく。今日は土曜日出勤の日で、土曜の職場は休んでいる人と働いている人が半分ずつくらいだから人がまばらだった。僕はお昼まで職場でデスクワークをして、午後は都心の新しいお客さんのところに出かけた。

 

電話でやりとりして、今日初めて会ったお客さんは声の小さい上品な女性で、ご自宅の内装をリフォームしたいというご相談だった。僕はお客さんのお話をなるべく丁寧に訊きながら、お客さんのやりたいことを掬いあげることに注力する。僕が一般のお客さんと話すときに自分と約束していることが3つある。ひとつはお客さんより少なく話すこと。ふたつめはお客さんよりゆっくり話すこと。みっつめはお客さんより小さく話すことだった。そのくらい聞き役に徹していたい。そのお部屋を素敵にしたいのはお客さんだから、お客さんの意思を尊重すること。たとえお客さんが思い描くインテリアより僕の考えたデザインの方が遥かにおしゃれで優れていたとしても、それを実現してしまったらお客さんのお部屋ではなくなってしまう。デザイナーがお客さんの部屋に入るのはほんのひと時でも、その後お客さんは何年も毎日そこで過ごすのだという恐ろしさに気付いたのはここ数年のことだと思う。

 

お客さんのご要望をまとめて、それからお部屋の寸法を計測して、帰社した。会社に戻ったのは20時半ごろで、職場は人がほとんど帰ってひっそりとしていた。タイムカードを切って、バイクに乗って帰路についた。

 

家に帰ってからここ数日作っていた彼女さんへのクロスワードパズルを完成させた。なぜクロスワードパズルを作り出したのか、発端を僕はすっかり忘れてしまったのだけれど、遠距離恋愛をしている彼女と何かしら共同作業のようなものをしたかったのだと思う。いつも僕が彼女に渡すものはズレているのではないかと不安になる。完成したクロスワードパズル(という言い方は非常にややこしいけれど)をLINEで彼女さんに送る。するとものの20分で解き終わった写真が送られてきてしまった。こんなに早く解き終わるものなのか...!!と驚く。作るのに数時間かかっても、解くのは一瞬なんだなあと思った。でも世の中きっとそういうものはたくさんある。花火だってそうだし、ごはんだってそうだ。映画もそうだし、この文章にしてもそうかもしれない。そうやって一瞬で過ぎ去ってしまうとしても、それをわかっていたとしても、その一瞬がより良くなりますようにと思いを込めて作品は作られていくのだと思う。

 

おしまい