金のプリクラ
「いじめではないっぽい」と中学生になった美帆は思った。
中学の入学式もとっくに終わって、友達のグループなんかもぼんやりと出来てきた6月。
美帆はなんとか持ち前の明るさを活かして仲の良い友達を見つけて、一緒に渋谷に行ったり、図書室で勉強したりする毎日を楽しんでいた。
そんなクラスの中で、どのグループにも属さず、かといってハブられてるとか嫌われてるとかじゃなさそうな...今までで見たことのない雰囲気の女の子のことを美帆はいつも少し気にかけていた。
「なんか皇族の一人娘らしいよ!すごくない?」「こないだぶつかったときに『あらごめんなさい』って言われたんだけど!もうお姫様ってカンジ?」と友達が興奮ぎみ教えてくれる。ジャニーズじゃないんだから...と内心醒めながらとりあえず「まじでー」と合わせておく。みんなは好奇心と尊敬とが入り交じった感情で見ているのかもしれないけど、本人からしたら居心地が悪いのかもしれないじゃん...と美帆は思った。
葉子、という名前だったと思う。
皇族っていうのがどういう生活なのかわからないけれど、確かに皆と同じ制服を着ているのに何だか品がある感じがするし、他の子と違ってスカートなんかもちっとも詰めないで、髪もシュシュとかじゃなくていつも黒いゴムできゅっと結んでいる。それが様になっていて、なるほど少し近寄りがたいかも。なんて思ったりする。
始業前は予習勉強をしているし、部活も入ってないみたいで帰りのホームルームが終わるとさっさと帰ってしまう。掃除の時間は率先してほうきを持って真剣に掃除をしている。....すごく嬉しそうに。変なの。
やっぱり家に帰ったらメイドとかが出迎えて、ミルクティーを飲みながら猫―それも上品なー名前とかわかんないけど、なんとかショートヘアみたいな外国の猫を撫でたりするのかな。なーんて勝手に考えたりする。
美帆は漫画に出てくる委員長みたいに「みんなもっと葉子ちゃんと話そうよ!」なんていって教壇を叩くようなウザいキャラじゃないし、葉子さんも別に悲しそうとかそういう感じでもないし...別に私だって暇じゃないしね、とか思いながら気付けば葉子さんを目で追っている自分がいる。まま7月がやって来た。
朝学校に着くと仲のいい友達がふわっと私の机を取り囲むのはいつもの光景だ。
そういえば葉子さんっていつも朝早いよな、と思って葉子さんの方をみたら、一瞬目が合った気がした。慌てて皆の方に視線を戻した。何だか盗み見たみたいで恥ずかしいな。
「ねー美帆聞いてんの?夏休み皆で思い出づくりしようって話してんじゃん!」
「あたしランドいきたい!!」と美帆は大げさに立ち上がっておどける。「もー美帆大袈裟すぎー!」と皆が吹き出す。それからプールでしょー花火でしょーラフォーレでしょーとみんなでそのあとも盛り上がった。そういえば、と美帆はふと思った。
そういえば、葉子さんは夏休みも一人ぼっちなのだろうか?
いくら猫を撫でながらミルクティー飲むのが優雅だからって(これも勝手な想像だけど)それで長い夏休みを過ごせるはずもない。クラスの友達とどこにもいかないんだとしたらちょっと孤独すぎない?私だったら2日で無理...。
美帆は友達の談笑を遮って立ち上がり、葉子の方に真っすぐ歩いていった。耳が熱くなって頭の中がどくどくいってる。美帆はもうどうにでもなれ、と息を大きく吸い込んで、葉子の後ろから両肩をぽーん!と叩いて
「おはよーこ!!」と叫んだ。ちょっと声が大き過ぎるくらいに。やばい。無理。恥ずかしくて死ねる。
当の葉子さんは雷に打たれたように目を見開いて美帆の方を見て、それから目をきゅっと細めて滅茶苦茶、死ぬほど嬉しそうに笑った。
「美帆が葉子さんと話してるんだけど!」と皆が集ってきて驚いている。
「ねぇ、葉子...ちゃんはさ、夏休み何か予定あるの?メイド..じゃなかった、家族と旅行行ったりするの?ヨーロッパ一周しちゃったりして、あはは」と美帆は自分でも何を言ってるのかわからない。話せた嬉しさとか拒まれなかった安堵とか、とにかく心が忙しくて口が空回りする。
「と、とにかくさ、ウチらランド行くんだけど、葉子ちゃんも一緒にいかない?!」
言えた...!!
葉子ちゃんの反応は...だめだこの子ランドがわかってないみたい。
「その、ランドって場所にはプリクラっていうの...あるのかしら?!」と葉子が照れながら一生懸命訊いてくるもんだから、美帆たちは「あるかーい!」と突っ込んでどっと笑った。
つづきは