鈴木ユートピア

31歳、写真、キャンプ、バイク、旅

ようこそ新卒くん

 

4月1日、新卒の子が入ってきた。

僕の初めての部下になる。地方から東京にはるばる引っ越してきて彼からしたら住む場所・生活様式・人間関係が一新されることになる。

初めての会社員生活、先輩、上司、会社ー不安で胸がいっぱいだろうと心中お察しする。でも、それは僕にしてもドキドキなのだ。

 

新卒の子(仮に今後タロウと呼称する)が新卒を終えて僕のところに預けられる。これからよろしくね。彼が自己紹介をして、僕が自己紹介する。緊張しながらも一生懸命話を聞いてくれる。その日の午後は他のスタッフが仕事環境についてあれこれ説明してくれた。スタッフが「青山のブックセンターとか、デザイナーになるならちゃんと情報収集するといいよ」と言うと、タロウは「わかりました、休みの日に行ってみます」と受け答えしているのを見かける。

 

定時30分前にスタッフからタロウを返してもらって、今日一日どうだったー?みたいな話をした。なるべくラフに話せるような雰囲気を作ったら「ぶっちゃけ残業とかどんな感じですか」みたいなニュアンスのことを訊いてきた。

そうなんだよな。不安だよな。

会社の組織図とか、仕事の流れとか、今後どういうことをやるのかとか、新人にどう言うことが求められるとか、そんなことよりも、まずは何より「この会社って働いてて大丈夫スか??」で頭がいっぱいだと思う。

理不尽に働かされるんじゃないか。上司が帰らないと帰っちゃいけないような空気感なのか。定時で帰れる日ってどのくらいあるのか...

 

僕たち先輩上司は何よりまずその不安を払拭してあげることが最優先事項の課題だと思う。それを取り除いてあげて初めて彼の会社員としての学習が始まる。逆に、それを取り除いてあげない限り彼の脳のメモリの大半を不安が占めていて、話半分でしか理解できないんじゃないか。

 

残業は用がなければしないよ。おれも仕事がよほど残ってない限り帰るよ。速攻帰るよ。上司は定時の2分後に帰るし、おれも3分後くらいに帰るよ。全然帰るよ。速攻帰るよ。でも残業もあるよ。会社だからね。残業は平均してこのくらいあるよ。そう言うことを伝えた。タロウはちょっとだけ安心した顔をしていた。

 

それでタロウは定時で帰した。彼は帰る直前に「青山って東京のどの辺ですか。地名ですか。駅の名前ですか。」と訊いてきた。青山は駅の名前ではない。青山ブックセンター表参道駅から行くのが早いはずだ。でも青山がわからない人間に表参道に行けるとも思えないなあ。「今度一緒に行こうか」と言うと、彼は「ぜひお願いします」と言った。

 

翌日、土曜日。新卒からしたら入社式を終えてすぐ休日というわけだ。

僕は偶然、その日青山ブックセンターに行く用事があった。青山ブックセンターで買い物をして、表参道と原宿をぶらぶらして、六本木の森美術館に行って帰ろうという計画を立てて出かけた。その時にタロウの顔が浮かんだ。入社式翌日彼は何をしているんだろう。地方から単身やってきて、やることなんてあるんだろうか。

 

会社は、基本的に新人のプライベートになるべく干渉しない。

休日に仕事の用もないのに連絡してくるなんて基本的にアウトだし、新人だろうが中途だろうがプライベートは彼らだけの時間である。それに、最近の若い子は仕事とプライベートがしっかり分かれていて、ライフワークバランスみたいな意識が強いってニュースでも言ってるし。でも。でも、彼は暇かもしれない。青山も表参道の位置関係もわからず、家でなんとなくぼんやりして、また翌週名前も覚えていない人たちが働いている会社に行くのに、ワクワクするだろうか。頑張るぞ!という意識を持って会社に来てくれるだろうか。彼の、会社に対する不安は払拭されているだろうか。

 

僕は家を出ると同時に彼にメッセージを入れた。

「お疲れ様です。鈴木です。休日にすみません。今日これから青山・六本木を散歩しますが、死ぬほど暇だったら一緒にいかがですか」するとすぐに返事が返ってきた。「行きたいです。準備します。」

 

それから彼と電車に乗って青山ブックセンターに言った。「これで青山には行けるようになったね」というと彼は「はい」と行って笑った。その後表参道をまわって、原宿を見て、六本木に行って森ビルを見て、森美術館に行って、渋谷に行って、スクランブルスクエアをまわり、パルコを見て、宮下パークを見て、ラーメンを食べて帰った。

都市をまわっている間はつい建材やデザインのことを話したくなったが、業務中ではないので止した。なるべく僕がペラペラ話さないように心掛けた。余白をたっぷり取ること。

 

ラーメンを食べながら、彼は入社式のことや、実家のこと、地元の友達のこと、地元に置いてきた彼女のこと、今思っている不安なことなどを話してくれた。僕はそれをうんうんきいた。少しでも彼の不安を取り除けたらいい。ここだったらちょっと頑張ってみようかな、みたいな気分で月曜日を迎えてくれたらそれでいい。と思う。

 

彼がどのくらい長く会社で働いてくれるかは、誰にもわからない。僕にはわからないし、会社にもわからない。彼にもわからない。新卒は平均して43%が3年以内に辞めるという。時代もあると思う。彼が何年働いたら「成功」なんだろうか。5年働いたら万歳なんだろうか。10年働いてくれるつもりで、会社は期待しているのだろうか。来年にはもう辞めてしまっているかもしれない。僕にとって働きやすい環境が彼にとって働きやすいとは限らない。彼にとって僕がすごく接しにくい人間の可能性だってある。いつ辞めてしまうかはわからないけれど、それがわかっていたとしても、こちらとしてはとにかく全力で、彼を育てる準備があって、そのつもりでいる、というのを、伝えた。そしたら、僕も月曜日からまた一生懸命彼と向き合おうという気持ちになっていることに気づいた。だいたいにおいて、与えているつもりの時は、与えられていることが多いのだ。